20年固定収入の実像——長期脱炭素電源オークションを「還付後」で読む
この記事でわかること
- 第2回オークションでは約定総額3,464億円のうち945億円しか事業者の手元に残らず(残り7割は他市場収益の還付)、実質収入は電源構成によって大きく変わる
- 小売電気事業者が負担する長期脱炭素電源オークション分の拠出金は実需給2028年度の178億円から2029年度に1,022億円へ、1年で約5.7倍に急増する試算が示されている
- 蓄電池の応札容量は第2回の695.6万kWから第3回は125.1万kWへ大きく減少し、投機的な応札が事業規律の強化により淘汰されつつある
制度の骨格——「固定費だけを保証し、それ以外は返す」構造
制度設計の核心は、収入の水準と期間の両方を確定させる点にある。オークションはマルチプライス方式で行われ、落札電源は固定費水準の容量収入を原則20年間得る。一方、卸電力市場や非化石価値市場などからの収益(他市場収益)は可変費に充当され、可変費を超過する部分は還付される1(開始済み)。
対象は脱炭素電源の新設・リプレースおよび既設火力の脱炭素化改修であり、安定電源・変動電源の双方を含む。既に容量市場で落札された電源やFIT/FIP認定電源は参加できない1。募集量は2023年度の400万kWから開始し、LNG火力の新設・リプレースについては安定供給を考慮して3年間で計600万kWを募集する枠組みが置かれた1。制度検討自体は2019年12月に開始され、2022年10月の第8次中間とりまとめ、2023年6月の第11次中間とりまとめを経て制度概要が固まっている2。
その後、募集要綱は年度ごとに更新されており、2024年度には水素・アンモニア・バイオマスの上流側コストの上限価格への反映、既設原子力の安全対策投資の対象追加、一般水力・蓄電池・揚水の最低入札容量の設定などが反映された3(開始済み)。制度は「一度作って終わり」ではなく、毎年の募集要綱改定を通じて対象と価格上限が動く設計になっている点は、応札を検討する事業者にとって前提条件である。
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核心1:落札額の「表示価格」と「実質収入」は別物である
投資判断で最も誤読が起きやすいのが、約定総額と実際に事業者が受け取る額の乖離である。第2回・第3回の結果を並べると、その差は明瞭に出る。
| 回次(応札年度) | 区分 | 約定総容量 | 約定総額 | 他市場収益の推定還付額控除後 |
|---|---|---|---|---|
| 第2回(2024年度) | 脱炭素電源(募集量500万kW) | 503.0万kW | 3,464億円/年 | 945億円/年 |
| 第2回(2024年度) | LNG専焼火力 | 131.5万kW | 456億円/年 | 195億円/年 |
| 第3回(2025年度) | 脱炭素電源 | 426.1万kW | 4,748億円/年 | 3,420億円/年 |
| 第3回(2025年度) | LNG専焼火力 | 303.8万kW | 1,444億円/年 | 810億円/年 |
第2回の脱炭素電源は、約定総額3,464億円に対し還付控除後が945億円と、実に約7割超が還付見込みで消える。第3回は4,748億円に対し3,420億円が残り、控除率は大きく異なる。第2回では原子力が応札434.8万kW・落札率73%と大きな比重を占めており4、他市場で高稼働・高収益が見込まれる電源ほど還付額が大きくなる構造が数字に表れたものと考えられる。
還付の水準は、他市場収益の約9割を広域機関に還付するのが基本であり、事業報酬相当部分は95%、本制度での収入がメインオークション価格を下回る領域は85%、それ以外は90%という3段階が設定されている。全額還付としないのは稼働インセンティブを残すためである6(開始済み)。
実務上の含意は明快である。長期脱炭素電源オークションは「20年間の売上を保証する制度」ではなく、「固定費の回収を保証し、それ以外の上振れは9割方返させる制度」である。したがって落札後の事業価値を左右するのは、①可変費をどこまで正確に立証できるか、②相対契約をどう組むか、の2点に集約される。
この2点はすでに監視の対象になっている。電力・ガス取引監視等委員会は、落札事業者が他市場収入を不当に安く、可変費を不当に高く設定することを防ぐため、長期AXガイドラインに基づく監視を行う7。2025年5月〜7月に専門の検討会が開催され、7月31日にとりまとめが行われた8。とりまとめでは、可変費として認められる費目(燃料費、購入電力料、託送料金、消耗品費、発電側課金、市場取引手数料、需給調整市場ペナルティ等)が具体的に例示され、燃料費が特異な金額である場合は合理的理由がない限り控除された金額で計算されること、相対契約は契約証書の提出が必要で、提出がない場合は他市場収益の計算方式が異なりうることが整理された6。監視結果には異議申立てプロセスが設けられる8。この検討結果を反映したガイドライン改定案は2025年11月21日の制度設計・監視専門会合に付され、了承後に委員会付議・経済産業大臣への建議という手続きが予定されていた7(決定済み。2026-08-10時点で建議完了を確認できる後続資料はなく、適用開始済みの可能性あり)。
なお、2023年度オークションの落札電源への調査では、約6割の事業者が相対取引を予定し、約4割が無差別規律、約2割が市場価格規律を想定していると回答している8。相対契約の価格が市場価格平均を下回らないことの確認が監視項目に含まれる以上、相対契約のプライシングは還付額の決定要因そのものになる。
核心2:小売側の負担は2029年度から「桁が変わる」
長期脱炭素電源オークションの原資は、容量市場と同じく容量拠出金である。ここで注目すべきは、20年契約が毎年積み上がるという構造上、負担が累積的に増える点である。
広域機関の試算では、小売電気事業者が負担する長期脱炭素電源オークション分は、実需給2028年度が全国計178.4億円4であったのに対し、実需給2029年度は全国計1,022.5億円と示されている5。1年で約5.7倍である。エリア別では東京が360.2億円、関西が170.3億円、中部が145.3億円と続く5。一般送配電事業者分も15.0億円から86.6億円へ増加している45。
もっとも、メインオークション分(実需給2029年度で小売20,290.7億円)と比べれば長期AX分は依然として小さい5。ただし、メイン分が単年度の需給状況で上下するのに対し、長期AX分は落札のたびに20年分の固定的な支払義務が上乗せされていく性質を持つ。この積み上がりは、需給が緩んでも自動的には減らないという点が、小売の中期コスト見通しにとって決定的に重要と考えられる。
拠出金の算定は、全国総額をエリア別H3需要比率で配分し、一般送配電事業者負担額等を控除した残りを小売の負担総額とし、それを12等分して月次請求する仕組みである5(開始済み)。したがって、負担額は自社の需要規模に概ね比例し、回避手段は乏しい。2029年度以降の複数年契約を今まさに提示している小売にとって、この見通しをどう織り込むかは価格競争力と収支の両方に直結する。
核心3:制度の重心は「投資を呼ぶ」から「実際に建てさせる」へ移った
第1回・第2回で蓄電池案件が大量に応札された一方、落札後の実現可能性に懸念が示されてきた。国の検討では、蓄電池について「価格が将来下がることへの期待から現時点で実現困難な金額での応札が行われている」ことが指摘され、①サイバーセキュリティ要件としてIPAのラベリング制度取得の要件化、②リチウムイオン蓄電池のセル製造国ごとの募集上限を30%未満(kWベース)とするサプライチェーン多角化、③市場退出ペナルティの引き上げや保証金の設定、といった事業規律の強化が論点として整理された9(提案・審議中。2026-08-10時点で各要件の適用開始を明示する後続資料は確認できず、募集要綱に反映済みの可能性あり)。
応札実績の推移は、この規律強化と整合的な動きを示している。蓄電池の応札容量は第2回の695.6万kW(落札率20%)から、第3回では125.1万kW(落札率46%)へと大きく減少した45。揚水も42%から55%へ、LNG専焼火力は100%(131.5万kW)から64%(303.8万kW落札)へと変化している。第3回全体では応札1,085.6万kWに対し落札729.9万kW、落札率67%であった5。投機的な応札が絞られ、応札容量の質が変わりつつあると読むのが自然であろう。
落札後の規律もさらに厳格化の方向にある。2026年5月の検討会では、新設電源の運開遅延の扱いについて、市場退出表明期限までは所定のペナルティ率を適用したうえで部分市場退出を認め、表明期限後の運開遅延には容量確保契約金額の110%相当のペナルティを新設する方向が示された10(提案・審議中)。現行の容量確保契約約款には運開遅延が市場退出に該当するかの規定がなく、その空白を埋める議論である10。
対象電源の拡張も検討されてきた。第7次エネルギー基本計画(2025年2月閣議決定)を踏まえ、CCS付火力の対象追加(最低CO2回収率、制度対象kWの整理を含む)と、長期エネルギー貯蔵システム(LDES)の第3回入札での対象追加が論点とされた4(2026-08-10時点で、第3回の約定結果資料においてCCS付火力・LDESの落札実績を確認できる記載はない)。
今後のスケジュールと現在地
次回(第4回)オークションについては、制度検討作業部会および電力安定供給WGにおいて検討が進められており、スケジュールや公表内容は今後通知される予定とされている5(継続検討中。2026-08-10時点で2026年度募集要綱案の意見募集を報じる資料は確認できない)。過去2回は概ね6〜7月に募集要綱案の意見募集、9月に最終策定、10月に参加登録開始、翌年1月に応札という年間サイクルで運営されてきた3ため、このサイクルが踏襲されるのであれば、応札準備は本年秋が実質的な締切になると考えられる。
背景として、供給力側の環境は厳しさを増している。老朽火力の廃止に伴う供給力減少が指摘され11、2029年度には東北・東京エリアでH1予備率が3%を下回る見通しも示されている12。長期脱炭素電源オークションの募集量や対象拡大の議論は、この需給見通しと切り離せない。
発電事業者・IPP・インフラファンドの実務担当者へ
いま認識すべきは、この制度における事業価値の決定要因が「落札できるか」から「落札後にいくら手元に残るか」へ移ったことである。第2回の脱炭素電源は約定総額3,464億円に対し還付控除後945億円4、第3回は4,748億円に対し3,420億円5と、電源ポートフォリオによって実質収入の残存率は大きく変わる。これは市況の偶然ではなく、他市場収益の約9割還付という制度設計の必然的帰結である6。
なぜこれが重要かというと、可変費の立証と相対契約の設計が、そのまま還付額=キャッシュフローを決めるからである。可変費の認定費目と燃料費の妥当性、相対契約価格が市場価格平均を下回らないことの確認、契約証書の提出義務といった監視の枠組みはすでに具体化している68。応札前の事業計画段階で、監視に耐える費用計上ルールと相対契約の標準条件を社内で確立しておくべきである。監視結果には異議申立てが用意されているとはいえ、それは事後の救済であって、事前の設計の代替にはならない。
もう一点、応札価格の「攻め方」は明確に変わった。蓄電池の応札容量が695.6万kWから125.1万kWへ激減し、落札率が20%から46%へ上昇した事実45は、将来のコスト低下を織り込んだ攻めた応札が淘汰されつつあることを示唆する。運開遅延に容量確保契約金額の110%相当のペナルティを新設する方向10(提案・審議中)が固まれば、遅延リスクは単なる機会損失ではなく確定的なコストになる。EPC契約の工期条項、機器調達のリードタイム、系統接続の確度を、応札価格そのものにリスクプレミアムとして織り込む発想が要る。セル製造国別の募集上限30%未満という論点9も、蓄電池案件では調達戦略の初期段階から効いてくる制約である。
小売電気事業者の需給・料金担当者へ
現状認識として押さえるべきは、長期脱炭素電源オークション由来の拠出金が、実需給2028年度の178.4億円から2029年度の1,022.5億円へと急拡大する見通しであることだ45。絶対額はメインオークション分(2029年度で小売20,290.7億円)に比べれば小さいが5、性質が根本的に異なる。
なぜ重要かというと、この負担は20年契約の積み上げであり、単年度の需給が改善しても縮まないからである。今後のオークションで落札が続くたびに、20年先まで届く固定的な支払義務が上乗せされていく。しかも配分はエリア別H3需要比率に基づく機械的なものであり5、個社の努力で回避できる余地は乏しい。
どう考えるべきか。第一に、2029年度以降を含む複数年の需要家契約を提示する際、拠出金の増加トレンドを固定価格で吸収するのか、調整条項で転嫁可能にしておくのかを、契約条件レベルで意思決定しておく必要がある。第二に、次回以降のオークション募集量は制度検討作業部会・電力安定供給WGで検討中であり5、CCS付火力やLDESの対象追加が実現すれば4、追加的な負担増が生じうる。募集量の設定と対象拡大は小売の将来コストを直接左右する論点であり、意見募集の機会に業界としての意思表示を行う実益は大きい。第三に、この負担増は供給力確保の対価でもある。2029年度に東北・東京でH1予備率が3%を下回る見通し12がある中で、需給逼迫時のインバランスリスクと拠出金負担を切り離して評価するのではなく、「調達ポートフォリオ全体の保険料」として統合的に捉える視点が求められる。
参照資料
- 第73回 容量市場の在り方等に関する検討会「長期脱炭素電源オークション約定結果(応札年度:2025年度)および次回オークションに向けて」(2026-05-27)5
- 第73回 容量市場の在り方等に関する検討会「新設電源の運開遅延における扱いについて」(2026-05-27)10
- 第73回 容量市場の在り方等に関する検討会「追加オークションで調達を見込む供給力の扱いについて」(2026-05-27)11
- 第119回 調整力及び需給バランス評価等に関する委員会「中長期の厳気象H1需給時の需給見通しについて」(2026-06-02)12
- 第15回 制度設計・監視専門会合「『長期脱炭素電源オークションガイドライン』の改定の方向性について」(2025-11-21)7
- 第15回 制度設計・監視専門会合「長期脱炭素電源オークションにおける他市場収益の監視の在り方に関する検討会 とりまとめ」(2025-11-21)8
- 長期脱炭素電源オークションにおける他市場収益の監視の在り方に関する検討会(第2回)とりまとめ(案)(2025-07-31)6
- 第19回 グリッドコード検討会 関連資料(長期脱炭素電源オークションにおける蓄電池の事業規律に関する検討状況を含む)(2025-06-25)9
- 第64回 容量市場の在り方等に関する検討会「長期脱炭素電源オークション約定結果(応札年度:2024年度)および次回オークションに向けて」(2025-05-22)4
- 第56回 容量市場の在り方等に関する検討会「2024年度 長期脱炭素電源オークション募集要綱(案)の意見募集の開始について」(2024-06-27)3
- 第50回 容量市場の在り方等に関する検討会「長期脱炭素電源オークションの開催に向けた状況報告」(2023-09-11)2
- 第46回 容量市場の在り方等に関する検討会「長期脱炭素電源オークションの開始に向けて」(2023-04-21)1
- 第45回 容量市場の在り方等に関する検討会「長期脱炭素電源オークションの本検討会での取り扱いについて」(2023-03-29)13
参考文献
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