需給調整市場・完全解読:前日取引化で何が変わったか
--- 2026年3月14日、需給調整市場はついく全商品が「前日取引」に移行した。週間断面で3時間ブロックごとに入札していた旧来の仕組みは終わり、「前日」かつ「30分コマ単位」という抜本的に刷新されたルールのもとで取引が動き始めている。この制度変更は単なる運用変更ではなく、応札しにくかった多くのリソースにとって市場参入の現実的な入口が開いたことを意味する。制度の全体像を改めて整理しておきたい。
需給調整市場とは何か
需給調整市場とは、一般送配電事業者(TSO)が周波数維持・需給バランス保持に必要な「調整力」を、競争入札を通じて調達するための電力取引市場である。2021年4月に三次調整力②から運用が開始され 1、2024年4月には全5商品(一次・二次①・二次②・三次①・三次②)の取引が本格開始された 2。
調整力は電力システムの「アンカー」である。再エネ導入が加速する中、太陽光の予測誤差や需要変動をリアルタイムで吸収するために欠かせない機能だ。同市場はその調達を、従来の一般電気事業者による相対契約・公募から競争市場へと移行させる制度的転換点として位置づけられている。
5つの調整力商品の構造
需給調整市場で取引される調整力は、応動の速さ(応動時間)と継続時間によって5商品に細分化されている 3。
| 商品 | 指令方式 | 応動時間 | 継続時間 | 主な機能 |
|---|---|---|---|---|
| 一次調整力 | オフライン自動制御 | 10秒以内 | 5分以上 | 瞬時の周波数偏差への対応 |
| 二次調整力① | オンラインLFC信号 | 5分以内 | 30分以上 | 短周期の需給変動 |
| 二次調整力② | オンラインEDC信号 | 5分以内 | 30分以上 | 需要計画と実績の誤差 |
| 三次調整力① | オンラインEDC信号 | 15分以内 | 30分以上 | 継続する需給誤差 |
| 三次調整力② | オンライン | 60分以内 | 30分以上 | 再エネ予測誤差の吸収 |
一次調整力ほど瞬時の対応が求められ、専用線と高精度の周波数計測設備(計測間隔0.1秒以下、不感帯0.01Hz以下等)が技術要件として定められる 3。三次②になるほど要件は緩く、簡易指令システムの使用も認められるため、アグリゲーターや蓄電池の参入余地が大きい。
商品区分に加え、「一次〜三次①」をまとめた「複合商品(複合市場)」と「三次②市場」の2マーケットが並行して運営されていることも市場参加者は把握しておく必要がある 4。
入札の仕組み:ΔkW市場とkWh市場の二層構造
需給調整市場の入札制度は、「調整力の容量(ΔkW)」と「実際に発動した電力量(kWh)」を分けて取引する二層構造を採る。
- ΔkW市場:「需要が増えても○MW分の出力変化が可能な状態に保つ」という「能力の予約」を週次または前日に入札する
- kWh市場:TSOが実際に調整指令を出した際に発生する電力量(実需給)を精算する
入札価格の決定方式はマルチプライスオークション方式で、各事業者が提示したΔkW価格がそのまま約定価格となる 5。入札価格の上限として、需給調整市場ガイドラインは「当該電源の機会費用(逸失利益)+一定額」を上限とすることを規定しており、一定額は原則0.33円/ΔkW・30分(または事業者との協議値)とされている 6。市場支配力を持つ大手事業者には、これを遵守するよう「事前的措置」として入札要請が行われる(後述)。
約定後に契約不履行が生じた場合はアセスメント(ペナルティ)が適用される。二次①の例では落札価格の1.5倍が契約不履行時のペナルティとなり、重大な不履行が繰り返された場合は市場参加停止の可能性もある 3。
2026年3月の「全商品前日取引化」で何が変わったか(開始済み)
この制度改正こそが、市場構造の最大の転換点である。
変更内容:取引タイミングが「週間断面(前々日〜前週)」から「前日断面」へ、入札ブロック時間が「3時間」から「30分コマ」へ 7。2026年3月14日受渡分から適用が開始された(開始済み)4。
なぜ「前日・30分化」が応札量を増やすのか。週間断面での入札では、事業者は「1週間先の需給状況」の下で出力確保を約束しなければならず、起動費の取り漏れリスクや予期せぬ電源トラブル時のペナルティリスクが高かった。前日断面になれば需給変動リスクが小さくなり、合理的な限界費用での入札が可能になる。実際、先行して2025年3月に30分化された三次調整力②では、募集量が約25%削減される一方、応札量は約52%増加(全国計で13,434MW/日→20,480MW/日)という顕著な効果が確認されている 8。
全商品の前日取引化後の初週(3月14日〜20日)のデータでも、複合市場において東京エリアの平均約定単価が4.91円→2.31円、中部エリアが3.49円→1.89円へと低下しており、安値札の応札増加による競争促進効果が早くも現れている 4。
一方、一次調整力については多くのエリアで引き続き調達未達が生じており 4、応動時間・技術要件の厳しさから応札できる電源が限られているという構造的課題は残る。
応札不足の「本当の原因」と制度的措置(継続検討中)
2024年4月の全商品取引開始直後から、一次調整力を中心に応札量が募集量に対して著しく不足する事態が続いた。調査によれば、一次調整力の不足率は80%に達していた 2。
その原因は単純ではない。事業者ヒアリングで明らかになった主要な「応札障壁」は:
- 起動費の取り漏れリスク(最も影響が大きいと回答)
- 河川法・地元協定による水力発電の制約
- 小売事業者との相対契約における通告変更権の行使期限が応札を阻害
- 少量約定時・電源トラブル時のペナルティリスク 7
これらに対し、起動費の事後精算化(2025年3月ガイドライン改定)、アセスメントの許容範囲緩和などの誘導的措置が先行して講じられている 9。加えて、誘導的措置では解消しきれない応札不足に対しては、大手発電事業者への制度的な供出義務化(いわゆる制度的措置)の導入が検討中である(継続検討中)10。現時点では「2026年度の前日取引化の効果を見極めた上で判断する」という段階にあり、2026年度以降に効果が不十分であれば義務化に踏み込む方向性が示されている。
価格規律と事前的措置:大手事業者への入札要請
需給調整市場は競争が限定的なエリアが多く、旧一般電気事業者の市場シェアが極めて高い。例えば北海道電力は一次調整力で74.0%、東北電力は77.9%という高シェアを持ち 11、北海道・東北エリアでは地理的分断により連系線経由の代替調達も難しい状況にある。
こうした構造の下で相場操縦リスクを防ぐため、市場支配力(市場シェア20%超または動的評価でPSI50%超等)を持つ事業者に対し、合理的な価格(機会費用+一定額の範囲内)での入札を求める「事前的措置」が適用されている(開始済み)11。違反した場合は電気事業法に基づく業務改善命令という「事後的措置」が発動しうる。2026年度における対象事業者は2025年12月の審議会で設定方針が決定され、2026年3月13日の旧取引規程の最終日をもって新体制に移行した 11。
新規参入への現実的な経路:蓄電池・DR・再エネ
需給調整市場は大手電力専用の場ではない。制度的には以下の多様なリソースの参入が認められている。
- 蓄電池:特に三次②での応札が現実的。限界費用の算定には充電費用・蓄電ロス・劣化コスト(10%マージンとして算入)が考慮される 6
- DR(ネガワット):アグリゲーター経由での参入が可能。1,000kW未満の複数リソースを束ねた「アグリゲーション参入」が認められており、固定費(人件費・システム費)をΔkW価格に一定額として算入できる 6
- FIP再エネ:市場連動型のFIP電源は三次②を中心に応札可能であり、出力制御断面では需給調整市場が卸電力市場より対価性で優位になる可能性がある 5
ただし一次・二次①については専用線の構築が必須であり(電柱添架光ケーブルで費用低減は可能)、新規参入者には引き続きハードルが高い商品である 3。
発電・蓄電池・DR事業者向け
まず認識すべきは、「前日取引化によって応札リスクの性質が変わった」という事実である。週間断面では週先の電源状態に不確実性があったが、前日断面ではその不確実性の大部分が解消され、起動費取り漏れリスクも事後精算制度の整備で軽減されつつある。つまり「応札すると損をする可能性が高かった」市場から、「合理的に入札できる市場」へ構造が変わりつつある。
その上で考えるべきは、どの商品から参入するかという問いだ。技術要件・専用線コスト・アセスメントリスクを総合すれば、新規参入者にとって現実的な入口は三次②ないし複合商品の三次①側である。前日取引化により、これらの商品で翌日の出力見通しが立ちやすくなった今が参入検討の好機と言える。
一方で注意すべき点もある。応札量の増加によって競争が進み、平均約定単価は低下傾向にある。収益水準の維持には「複数商品への複合入札」や「調整力市場と卸電力市場の組み合わせ戦略(レベニュースタッキング)」が重要になってくる。また、制度的措置(供出義務化)が将来導入された場合、大手発電事業者の強制応札によって競争が一段と激化する可能性もある。事業計画において、この制度リスクを織り込んでおくことが賢明である。
蓄電池・DR・FIP再エネを活用したい事業者向け
需給調整市場における蓄電池・DRの価格算定ルールが明確になってきており、「固定費として回収できるコスト項目」が整理されつつある。ΔkW価格に計上できる固定費(人件費、システム費)と算入が認められないコスト(蓄電池本体費用など)の区別は、参入前に需給調整市場ガイドラインで確認しておく必須事項だ。変動性再エネについては、出力制御断面での対価性という独自の強みがあり、特に出力制御頻度の高いエリアに設置されたFIP電源・FIT移行後電源にとっては、三次②市場への応札が有力な収益多様化策となり得る。
参考文献
- 1.2026年度における需給調整市場の事前的措置の対象とする事業者の範囲について, 電力・ガス取引監視等委員会, https://www.egc.meti.go.jp/activity/emsc_systemsurveillance/pdf/016_03_00.pdf
- 2.将来の変動性再エネの調整機能の活用方法の検討について, 電力広域的運営推進委員会, https://www.occto.or.jp/assets/iinkai/chouseiryoku/jukyuchousei/2025/files/jukyu_shijyo_56_04.pdf
- 3.制度的措置に関する詳細検討について(その3), 電力広域的運営推進委員会, https://www.occto.or.jp/assets/iinkai/chouseiryoku/jukyuchousei/2024/files/jukyu_shijyo_53_02.pdf
- 4.需給調整市場の運用等について, 電力・ガス取引監視等委員会, https://www.egc.meti.go.jp/activity/emsc_systemsurveillance/pdf/019_03_00.pdf
- 5.一次調整力〜二次調整力②、複合商品、三次②のルール見直し等に関する市場設計案について<意見募集結果反映>(案)(修正履歴版), 電力広域的運営推進委員会, https://www.occto.or.jp/assets/iinkai/chouseiryoku/jukyuchousei/2021/files/jukyu_shijyo_28_03_02.pdf
- 6.制度的措置に関する予備的検討について, 電力広域的運営推進委員会, https://www.occto.or.jp/iinkai/chouseiryoku/jukyuchousei/2024/files/jukyu_shijyo_50_02.pdf
- 7.三次調整力②の取引単位時間30分化のフォローアップについて, 電力広域的運営推進委員会, https://www.occto.or.jp/iinkai/chouseiryoku/jukyuchousei/2025/files/jukyu_shijyo_56_05.pdf
- 8.2026年度に向けた準備状況等の調査結果について, 電力広域的運営推進委員会, https://www.occto.or.jp/assets/iinkai/chouseiryoku/jukyuchousei/2025/files/jukyu_shijyo_57_02.pdf
- 9.需給調整市場検討小委員会における議論の方向性と整理 (2024年度実績および2025年度以降の検討課題), 電力広域的運営推進委員会, https://www.occto.or.jp/assets/iinkai/chouseiryoku/jukyuchousei/2024/files/jukyu_shijyo_54_04.pdf
- 10.需給調整市場の運用等について:第10回 制度設計・監視専門委員会 事務局提出資料, 電力・ガス取引監視等委員会, https://www.egc.meti.go.jp/activity/emsc_systemsurveillance/pdf/010_04_00.pdf
- 11.需給調整市場(三次調整力②)の運用状況について, 電力・ガス取引監視等委員会, https://www.egc.meti.go.jp/activity/emsc_system/pdf/068_04_00.pdf
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