「規制なき独占」を防ぐ最後の砦──電気の経過措置料金、その構造と撤廃論の現在地
この記事でわかること
- 電気の小売全面自由化から8年以上が経過した今も、家庭や小規模事業者が契約する「従量電灯」などの料金メニューは、政府の認可を受けた規制料金の枠組みの下に置かれている。2016年に「経過措置」として設けられたこの制度は、当初2020年3月末に撤廃される予定だったが、競争が十分に育たないとの判断から存続が続き、撤廃の見通しは今なお立っていない。需要家にとっては「安全網」に見えるこの制度が、市場の競争促進を妨げているとの指摘もあり、制度の行方は小売事業者・需要家双方の戦略判断に直接影響する。
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経過措置料金とは何か
経過措置料金(規制料金)とは、電力の小売全面自由化後も旧一般電気事業者(いわゆる大手電力会社)が低圧需要家(家庭・小規模事業者)に対して適用する、経済産業大臣の認可を要する料金規制のことである。「特定小売供給約款」に基づき、①適正原価に適正利潤を加えた料金水準であること、②料金体系が明確で差別的でないこと、を条件に設定・変更が認可される 1。
2016年4月の小売全面自由化の際、競争が不十分な市場で「規制なき独占」が起きないよう、消費者保護のための安全網として設けられた 2。当初の設計では2020年3月末に撤廃される予定だったが、各エリアで競争が不十分と判断され、全国の大手電力10社(みなし小売電気事業者)が依然として経過措置料金の対象となっている 3。
二重の構造:事前の「値上げ規制」と事後の「利益率監視」
経過措置料金の制度は二層で成り立っている。
第一層:変更認可申請(事前規制) 料金を変更する際、みなし小売電気事業者は経済産業大臣の認可を受けなければならない。エネルギー価格高騰を受け、2022〜2023年にかけて大手電力7社が値上げの変更認可申請を行い 1、2023年5月に認可されている 4。審査は料金制度専門会合が担い、原価の妥当性・需要想定・調達効率化などが精査される。認可後も、2023〜25年度を「集中的改善期間」として調達効率化のロードマップ策定が各社に求められており、その進捗は専門会合で継続的に報告される 5。
第二層:原価算定期間終了後の事後評価(利益率チェック) 原価算定期間が終了した後も、経済産業大臣は毎年度、規制部門の利益率が過大でないかを確認する事後評価を行う。評価は5段階のステップで構成される 6。
| STEP | 内容 |
|---|---|
| 1 | 規制部門の直近3年度平均利益率が10社の過去10年度平均を上回るか確認 |
| 2 | 超過利潤累積額が事業報酬額を超えるか、または自由化部門の収支が2年連続赤字かを確認 |
| 3 | 行政が内部留保・株主配当の推移を確認 |
| 4 | 事業者からの報告徴収・説明の実施 |
| 5 | 料金変更認可申請命令の発動要否を検討 |
直近の評価では、原価算定期間後も規制料金を維持している中部電力ミライズ・関西電力・九州電力の3社について、2024年11月時点でいずれも3年度平均利益率(1.3〜1.4%)が10社平均(2.1%)を下回ったため、変更認可申請命令の検討対象にはならなかった 7(開始済み:毎年度継続実施)。さらに直近の2025年11月評価でも、3社の3年度平均利益率は10社10年度平均(2.7%)を下回り、追加評価は不要となった 8。
撤廃はなぜ進まないのか――解除基準と現実の競争状況
経過措置料金の解除は、以下3点を総合的に判断して行われる 3。
- 消費者の状況:電力自由化の認知度・スイッチングの動向
- 十分な競争圧力の存在:シェア5%以上の有力かつ独立した競争者が2者以上存在すること
- 競争の持続的確保:旧一般電気事業者による内外無差別な卸売の状況
消費者の認知度は2024年3月末時点で約90%に達している 3。しかし競争圧力の面では、シェア5%以上の競争者が2者以上存在するエリアは、2025年3月時点でいずれの区域にも存在しない 9。たとえば東京エリアでは東京ガス(12.1%)が唯一5%超の競争者であるが、1者にとどまる。沖縄(6.7%)、北海道(6.3%)も同様に1者のみである 9。
この「2者以上」の壁を超えるエリアが出てこない限り、現行の解除基準下では経過措置料金の撤廃は困難な構造となっている(継続検討中:解除基準の見直しの要否も議論予定)9。
ただし重要な例外がある。沖縄電力の高圧部門については、高圧分野の新電力シェアが12.2%と本土と同水準に達したとして、2026年4月1日を目途に料金規制解除が決定され、解除後の「特別な事後監視」の設計が2025年11月の審議会で議論された 10(2026年8月2日時点で後続資料での施行確認なし、開始済みの可能性あり)。高圧部門から段階的に解除が進む先例として注目される。
「規制が自由化を妨げている」という逆説
審議会では、経過措置料金の存続が競争促進を妨げているとの意見も表明されている。消費者が規制料金に安住することでスイッチングが進まず、新電力が顧客基盤を拡大できない——この構図が競争圧力を低位に固定しているという指摘である 9。
一方で、規制を早期に撤廃した場合、大手電力が独占的な地位を利用して不当な値上げを行うリスクへの懸念も根強い。この緊張関係が、制度設計・監視専門会合での継続的な検討を生み出している。解除基準の見直しを含め、電力・ガス基本政策小委員会でのさらなる検討が予定されているが 3、具体的な見直し内容・時期は現時点では示されていない(継続検討中)。
新電力・小売電気事業者の事業企画担当者へ
現在の「2者以上の5%超競争者」という解除基準は、全国10エリアいずれでも達成されていない。この事実が示すのは、短期間での全国一律の規制撤廃は現実的でなく、沖縄高圧部門のように「部門別・エリア別に段階的解除」が進む可能性が高いということである。自社がターゲットとする低圧・高圧の各市場において、解除後の市場変化をシナリオとして持っておくことが重要だ。
より本質的な問いは、「規制が撤廃された後、大手電力はどう動くか」である。解除後の特別な事後監視が設計されていること(沖縄電力の事例)は、料金の合理性チェックは継続されるシグナルであり、規制撤廃=競争の完全自由化とはならない。一方で、現状の経過措置料金の存在が大手電力に「認可された価格水準の盾」を与えており、その枠外での価格競争を誘発しにくくしているとも言える。解除が進む局面では、自社の価格競争力と卸電力の調達力が改めて問われると考えられる。
製造業・施設管理業など需要家の調達・総務担当者へ
低圧の家庭・小規模事業所向け経過措置料金は、競争が整わない限り継続する制度設計となっており、現時点での全面撤廃は見通せない。ただし解除基準の見直し議論が起きれば、比較的早期に制度が変わる可能性もゼロではない。
重要なのは、「規制料金がある=価格が動かない」ではないという点だ。2023年の値上げ認可が示すように、燃料費高騰などの原価変動は認可手続きを経て料金に反映され、実際の電気料金は相当幅で上昇した。また、託送料金の改定が規制料金に連動して反映されるメカニズムも存在する 11。自由化メニューへのスイッチングを「コスト削減」の一手として検討する際は、規制料金の現行水準・今後の改定可能性の両面を起点に置き、新電力の価格競争力と安定供給能力を照らし合わせて評価することが合理的な判断の軸となる。
参考文献
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