予備率0.9%の夏——火力休廃止が突きつける供給力確保のコスト
この記事でわかること
- 2025年度に休廃止となる火力602万kWのうち266万kW(44%)はその年の供給計画で初めて計上された分で、供給計画は直前まで下方修正され続ける構造にある
- 2026年度メインオークションの指標価格(Net CONE)は2年で約2.1倍に上昇しており、新設に必要なコストの見積もりが跳ね上がったことを示している
- 容量拠出金は実需給2028年度から2029年度にかけて小売負担が約4,200億円増える試算で、火力休廃止への対応コストは容量市場を通じて需要家に転嫁される構造になっている
火力休廃止問題とは何か
本稿で扱う「火力電源の休廃止問題」とは、経年化・脱炭素化・収益性の悪化を背景に発電事業者が既設火力の休止・廃止を選択する動きが、新設・リプレースの速度を上回り、エリア単位のkW(供給力)が構造的に縮小していく問題を指す。
規模感は供給計画に明確に現れている。2025年度中に休廃止となる火力は602万kW(LNG 215万kW、石油他266万kW、石炭121万kW)であり、うち266万kWはその年の供給計画で新たに計上された分であった(開始済み)1。2026年度中の休廃止は371万kW(LNG 241万kW、石油他104万kW、石炭25万kW)で、うち126万kWが新規計上分である(開始済み)2。
ここで実務上重要なのは総量よりも「新規計上分」の比率である。2025年度は44%、2026年度は34%が、直前の供給計画で初めて現れた休廃止であった。つまり供給計画は下方に改定されやすい構造を持っている。広域機関も2026年度供給計画で、脱炭素化の影響により火力の新増設から休廃止を差し引いた設備量が減少する見込みであると整理している 2。需要側は逆方向で、全国最大需要は2025年度15,882万kWから2035年度16,460万kWへ増加が見込まれている 2。縮む供給と増える需要の交差が、この問題の本体である。
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すでに起きている不足:2026年度夏季・東京エリア
2026年度の需給見通しでは、東京エリアの予備率が7月2.1%、8月0.9%、9月2.7%と、安定供給に最低限必要な3%を下回る水準となった(2025年度比で8月は▲6.3%)3。要因として、複数の大型火力の補修停止による約256万kWの供給力低下に加え、東京エリアは連系線の運用容量が限界に達しておりエリア外からの融通を受けられない点が挙げられている 3。
これを受け、120万kWの追加供給力公募(kW公募)が実施されることが決定され、募集は2025年12月下旬〜2026年2月下旬、落札者決定は2026年5月上旬というスケジュールが示された(決定済み・実施)32。なお、この落札結果・調達価格については2026-08-10時点で後続資料での確認ができていない(落札者決定済みの可能性が高い)。過去のkW公募の平均落札価格は2021年度冬季で約14,400円/kW 4、2023年度夏季東京で11,316円/kW 5 であり、託送料金経由で回収される点も含め、規模的にkW公募は無視できないコスト要素である。
さらに留意すべきは、この需給見通しの数値自体に運用上の不確実性がある点だ。広域機関は2026年度夏季の予備率を過大に公表していた誤り(PV追加供給力の控除失念)を認め、再算出を行った(2026年6月報告、再発防止策は2026年度冬季需給検証の開始までに完了予定=決定済み)6。公表予備率は下方に修正され得るという前提で読むべきである。
中長期の転換点は2029年度
2026年6月の広域機関の試算(提案・審議中)は、より構造的な論点を示している。2026年度供給計画と容量市場の約定結果を織り込んだベースケースで、2029年度に東北・東京エリアでH1(厳気象)予備率が3%を下回る見通しとされた 7。しかもこれは補修計画(年間計画停止可能量)を反映すると予備率がさらに1〜4%程度悪化するという注記付きである 7。
この試算では、不確実性を評価するリスクケースとして①経年45年を超える火力電源の廃止、②非効率石炭火力の2029年度末での廃止が置かれている(継続検討中)7。同資料は「発電事業者による電源の休廃止が加速しており、中長期の供給力確保に対する不透明感が増している」と明記しており、供給信頼度評価も従来の年間EUE(確率論的評価)と予備率(確定論的評価)の融合が電力安定供給ワーキンググループで議論されている段階である 7。
容量市場側でも退出は数字に出ている。2025年度追加オークション時点で、実需給2026年度の市場退出量は533万kW、確保供給力はメインオークション時点比で217万kW減少していた 8。2026年度供給計画も「容量市場のメインオークションからの市場退出状況を見極め、需給対策が必要になる可能性がある」と述べている 2。
制度側の反応:調達量が増え、価格の天井が上がった
供給力確保の主軸は容量市場である(開始済み)。注目すべきは2026年度メインオークション(対象実需給2030年度)の需要曲線原案だ 9。
- 目標調達量:1億9,691万kW(前年度比 +694万kW)
- うち追加設備量:1,228.3万kW(前年度580.0万kW から +648.3万kW)
- 指標価格 Net CONE:20,911円/kW、上限価格:31,366.5円/kW
参考として、2024年度メインオークションのNet CONEは9,875円/kW、上限価格14,812.5円/kWであった 10。2年でNet CONEは約2.1倍である。これは、休廃止で失われるkWを埋めるための「新設に必要な費用」の見積もりが跳ね上がったことを意味すると考えられる。需要曲線原案は2026年6月30日に報告され、国の審議会審議を経て2026年7月末に公表予定とされていた 9(2026-08-10時点で公表の後続資料は確認できていない。公表済みの可能性あり)。
新設・リプレース側では長期脱炭素電源オークションが機能している(開始済み)。第3回(応札年度2025年度)ではLNG専焼火力が303.8万kW落札、約定総額1,444億円/年(他市場収益の推定還付額控除後810億円/年)となり、脱炭素電源426.1万kW(4,748億円/年)と合わせ、全国の応札1,085.6万kWに対し落札729.9万kW(67%)であった 11。第2回のLNG専焼は131.5万kW・落札率100%だったため 12、LNG専焼枠の落札量は2倍以上に拡大している。安定供給のための火力リプレースが、脱炭素オークションの枠内で実質的に進んでいるという構図である。
短期・緊急側の受け皿としては、予備電源制度(緊急時に稼働可能な休止電源を維持し、監督官庁からの立ち上げ要請に応じる義務を負う枠組み)が整理され、スポット市場での余剰電力全量供出との関係でも「予備電源制約」は合理性が認められる入札制約類型として位置づけられた(決定済み)13。ただし、短期の追加供給力確保の在り方そのものは「今後同様の事態が生じた場合に備えて検討する必要がある」とされたままで、恒久的な制度化には至っていない(継続検討中)3。
なお、火力が失われるのはkWだけではない。同期電源の減少により慣性力が低下し、系統事故時の周波数変化率が増大するという技術的課題が並行して議論されており、代替手段である同期調相機の設置コストは38億円/GW・年と試算されている 14。東京エリアではブラックスタート機能確保のため火力ブラックスタート機の新設が検討され、事業者から「単年度公募では投資回収漏れのリスクがある」「環境アセスに約4年かかり間に合わない」との懸念が示されている 15。休廃止はkW・慣性力・ブラックスタート機能を同時に失わせる点は、費用対効果の議論で見落とされやすい。
誰がいくら払うのか
実需給2029年度の容量拠出金の試算では、小売電気事業者の負担がメイン20,290.7億円+長期脱炭素1,022.5億円=計21,313.1億円、一般送配電事業者が計1,889.5億円とされている 11。実需給2028年度の試算(小売メイン16,935.2億円+長期178.4億円)12 と比べると、1年分ずれるだけで小売負担は約4,200億円増である。エリア別では東京の小売負担がメイン7,701.9億円+長期360.2億円と突出する 11。
つまり、火力休廃止問題への対応コストは、容量市場(メイン+長期脱炭素)を通じて小売経由で需要家に転嫁される構造になっており、しかもNet CONEの上昇(20,911円/kW)が2030年度実需給分に反映されれば、拠出金はさらに一段上がる可能性があると考えられる。
今後のスケジュールとステータス整理
| 事項 | ステータス | 内容 |
|---|---|---|
| 2026年度夏季 東京120万kW公募 | 決定済み・実施(落札結果は未確認) | 落札者決定2026年5月上旬予定 3 |
| 2026年度夏季予備率の再算出 | 開始済み | 過大計上の誤りを認め再算出、再発防止策は冬季検証開始までに完了予定 6 |
| 2026年度メインオークション需要曲線(実需給2030年度) | 提案・審議中(2026年7月末公表予定、後続未確認) | 目標調達量1億9,691万kW、Net CONE 20,911円/kW 9 |
| 長期脱炭素電源オークション | 開始済み(第3回結果2026年5月公表) | LNG専焼303.8万kW落札。次回は制度検討作業部会・電力安定供給WGで検討中 11 |
| 2029年度のH1予備率3%割れ見通し | 提案・審議中 | 東北・東京。リスクケースで経年45年超火力廃止等を想定 7 |
| 短期の追加供給力確保の恒久的な仕組み | 継続検討中 | kW公募に代わる制度設計は未確立 3 |
| 予備電源制度の市場供出上の扱い | 決定済み | 予備電源制約は合理的な入札制約類型 13 |
小売電気事業者の需給・料金担当者
現状認識として押さえるべきは、容量拠出金が「読める固定費」から「上振れする変動要因」に変質しつつあることである。実需給2028年度から2029年度で小売負担が約4,200億円増える試算 1211 に加え、2030年度実需給分ではNet CONEが20,911円/kWへ跳ねている 9。
これが重要なのは、料金の改定サイクルが典型的に1〜2年であるのに対し、拠出金の水準はオークション約定から実需給まで4年先まで決まっていくためだ。契約期間の長い需要家との料金交渉では、容量拠出金の将来上振れを織り込んだ条項設計をしているかどうかが、そのまま収益差になる。
判断の軸としては、(1)2029年度・2030年度実需給の拠出金レンジを、目標調達量とNet CONEの両方が上振れる前提でシナリオ化すること、(2)東京エリア偏重の顧客ポートフォリオは拠出金・需給ひっ迫の両面で二重にエクスポージャーを持つと認識すること(東京は小売メイン拠出金が全国最大 11、かつ連系線制約で融通を受けにくい 3)、(3)公表予備率が下方修正され得る前提 6 で、夏季の高価格スパイクに対するヘッジ水準を決めること、の3点が実務的である。
発電事業者・IPPの事業開発/アセットマネジメント担当者
現状認識として、「休廃止か延命か」の判断が、事業者単独の経済計算から、制度側の対価提示を待つゲームに変わりつつある。Net CONEが2年で約2.1倍になり、目標調達量に含まれる追加設備量が648万kW増えた 910 という事実は、制度側が「kWが足りない」と認めて価格の天井を上げたシグナルと読める。
これが重要なのは、休廃止の意思決定が不可逆であり、かつ供給計画への計上時期が制度側の対応時期を左右するためだ。実際、2025年度・2026年度とも休廃止量の3〜4割が「新規計上分」であり 12、直前の計上は広域機関の需給評価と国の対策検討の時間を奪う。これは中長期的には、休廃止の予見性確保に向けた規律強化の議論を呼び込む方向に働くと考えられる。
判断の軸は3つある。第一に、回収手段のスタッキング設計——20年固定収入の長期脱炭素電源オークション(LNG専焼枠は第2回131.5万kWから第3回303.8万kWへ拡大 1211)、単年度のメインオークション、そして単発のkW公募では、リスク・リターンの性質がまったく異なる。とりわけkW公募は単年度・単発であり、ブラックスタート機の議論で事業者が指摘したとおり「単年度公募では投資回収漏れのリスク」が残る 15。設備を残す判断の根拠を単発公募に置くべきではない。
第二に、kW以外の価値の棚卸し。慣性力・ブラックスタート・調整力といった機能は、代替手段のコスト(同期調相機38億円/GW・年 14)が明示されつつあり、立地とユニット特性次第では休止よりも機能提供で残す方が合理的な資産がある。
第三に、リスクケースの当事者になっているという自覚。広域機関の中長期試算は「経年45年超の火力廃止」「非効率石炭の2029年度末廃止」を明示的にリスクケースとして置いた 7。自社設備がこの区分に該当するなら、その休廃止判断は制度設計の前提そのものを動かす。電力安定供給WGでの議論に対して、実際の維持コストと判断時期を早期に開示することが、結果的に自社に有利な制度設計を引き出す経路になり得ると考えられる。
参考文献
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