JEPXの価格はどう決まるのか――新電力担当者が押さえるべき市場構造の核心
この記事でわかること
- 卸電力市場(JEPX)のスポット価格は、新電力の調達費用を直接左右し、小売料金設計の根拠ともなる。2016年の全面自由化以降、市場規模は急拡大し、2024年には取引量が総需要の約40%を占めるに至った。その一方で、価格は過去に251円/kWh(2021年1月)という極端な高騰を経験し、価格形成の歪みを巡る監視強化や制度改正が現在も続いている。価格がどのように決まるかを理解することは、調達リスク管理の出発点である。
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JEPXとは何か
日本卸電力取引所(JEPX)は、2003年に設立され2005年に取引を開始した、電気の卸売を行う取引所である 1。主な市場は、スポット市場(翌日渡し)・時間前市場・先渡市場・先物市場の四層構造をとる。このうち、スポット市場が価格形成の中心であり、他の市場価格の参照点となる。
スポット市場の仕組みは次のとおりである。1日を30分単位に区切った48コマを商品単位とし、入札は前日10:00締切のブラインドオークション方式で実施される 1。売り・買いの入札曲線が交差する点が約定価格(システムプライス)となる。最小入札単位はスポット市場で1MW、時間前市場で0.1MWである 1。
なお、9つの広域エリアには地域間連系線の容量制約があるため、連系線が混雑すると各エリアに個別のエリアプライスが発生する。これが「市場分断」と呼ばれる状態であり、以下で詳述するように現在のJEPX価格形成を理解するうえで最も重要な概念の一つである。
核心論点1:スポット価格は「限界費用」×「需給タイト度」で決まる
スポット市場における価格形成の基本原理は限界費用入札にある。売り手は自社電源の追加発電に必要な変動費(燃料費=限界費用)を入札価格の下限として設定し、需要を満たすために積み上げていった最後の電源の限界費用が約定価格になる(いわゆるメリットオーダー価格決定)。
この原理から導かれる重要な帰結は、需給がタイトになるほど高限界費用電源が使われ、価格が急上昇するという点だ。JEPXの年度平均システムプライスはおおむね7〜21円/kWhで推移してきたが、2020年度冬季には1月13日に最高価格251円/kWhを記録した 2。この高騰の直接要因は、寒波による需要急増(前年比11%増)と、LNG在庫減少による火力電源の燃料制約(売り入札量の激減)の同時発生だった 2。
現在のシステムプライスの水準は、2023年1月以降は低下傾向にあり、おおむね10円/kWh弱で推移している 3。2025年1月〜3月の平均は12.51円/kWh(前年同期10.06円/kWhから上昇)4、2025年10月〜12月の平均は10.94円/kWhと報告されている 5。(開始済み)
また、市場参加者の行動も価格形成に影響する。2021年秋冬の価格上昇局面では、新電力の買い入札価格の中央値が80円/kWh以上に上昇し、需給逼迫に拍車をかけたことが確認されている 6。市場インバランスポジションを抱えた事業者が高値で買い急ぐと、価格が自己強化的に上昇するリスクがある。
核心論点2:「東高西低」は偶然ではない――市場分断が価格格差を構造化している
JEPXの重要な特性は、エリアによって価格が大きく異なることである。この「東高西低」の価格差は、連系線の容量制約が恒常的に発生している(市場分断)ことに起因する。
市場分断率は近年、顕著に上昇している。2025年3月〜2026年2月の年間で、東京-中部間の分断率は45.0%に達し、中部-北陸間・北陸-関西間もそれぞれ約30%台に高止まりしている 7。2025年10月〜12月の東西市場分断率は43.0%(前年同期54.5%から低下)と報告されている 5。これは、需要の相対的に高い東エリアに対して、西エリア(特に原子力稼働率の高い関西以西)の安価な電力が届かないことを意味する。
2023年以降の分断率上昇の主因として、関西エリアの原子力発電所の稼働ユニット増加に伴う西エリアでの供給過剰と、中部エリアへの潮流増加が分析されている 8。
この現実は、調達戦略上の重大なリスクである。東エリア(関東・東海)を需要エリアとする事業者は、西エリアより高い調達コストを恒常的に抱えうる。2025年4月〜6月には、東エリアで6月の価格が約13円/kWhに達するなど、猛暑時の価格高騰リスクも顕在化している 9。
核心論点3:市場の「公正性」を維持するための規制強化が加速している
市場規模の拡大とともに、価格形成の公正性を確保するための制度的要請が強まっている。
①限界費用入札ルールの強化(開始済み) 「適正な電力取引についての指針(適取ガイドライン)」により、市場支配力を持つ事業者(発電容量シェア20%超)は、余剰電力を限界費用価格でスポット市場に全量入札することが求められる 10。2026年4月1日〜2027年3月31日の対象事業者は11社とされ、前回から中部電力株式会社が新たに加わった 7。(開始済み)
②JERA不適切入札事案と監視強化(開始済み) 2024年11月には、JERAが入札ツールの不備を認識しながら対策を講じず、2019年4月〜2023年10月の間に累計54億kWhを未供出し、約定価格を押し上げた事案として業務改善勧告が下された。これは約定価格に50円/kWh以上の押し上げ寄与があったとも分析されている 11。委員会は2024年12月27日〜2025年12月26日を集中改善期間として設定し、再発防止策の実施状況を監視した。2026年度末まで定期報告が継続される予定である 11。(開始済み・継続)
③監視体制のDX・AI化(継続検討中) スポット市場の年間約定量は2016年度から2023年度にかけて約10倍(市場参加者も96社→234社と約2.5倍)に増加しており、監視業務の高度化が不可欠となっている 12。AIを活用した疑わしい取引の検知システム整備が方向性として提案されている 12。(継続検討中)
先物市場の台頭:価格リスクの「ヘッジ」インフラが整備されつつある
スポット市場が短期価格シグナルを発する一方で、中長期のリスクヘッジ手段として先物市場の役割が急拡大している。EEXでの取引量は2024年7〜9月に前年同期比5.4倍に急増し 13、2025年10〜12月には参加者数が119社、EEXの約定量が約464.9億kWhに達した(前年同期比2.0倍)5。2025年12月からは中部エリアの商品もEEXに追加されている 5。(開始済み)
これは、スポット市場のボラティリティへの対応手段が急速に充実しつつあることを示す。スポット価格の年度平均は7.9〜21.2円/kWh(2013〜2022年度)と幅広く変動してきており 14、先物を活用した調達コストの固定化は実務上の選択肢となっている。
市場間相場操縦(現物市場での操作で先物市場の利益を狙う行為)のリスクも意識されており、EEXとの間でMoU(情報共有協定)が締結され、監視の連携が図られている 15。
新電力・小売電気事業者の調達・リスク担当者へ
まず認識すべきは、JEPXのスポット価格が「客観的な均衡価格」ではなく、需給の物理的条件(燃料制約・市場分断)と参加者の行動が組み合わさって形成される価格だという点である。東西エリアの価格差は今後も相当期間継続すると考えられる。東エリアを主力とする事業者は、「西エリア安・東エリア高」のバイアスを前提に調達コストを計画する必要がある。
次に重要なのは、価格高騰がランダムではなく、いくつかのトリガー(LNG在庫逼迫・寒波需要急増・連系線分断率上昇)によって説明できるという点だ。2021年冬や2022年夏の高騰事案は、これらのトリガーが複合した事例である。自社のポジションが「買い超過」になる局面を事前に把握し、タイミング別に時間前市場での調整や先物ヘッジを組み合わせることが、価格リスク管理の実務上の問いとなる。
さらに、制度変化のトレンドも直接の判断材料となる。大手事業者への限界費用入札規律の強化は、売り入札量を底上げし、スポット価格の上方バイアスを抑制する方向に作用する。逆に、JERA事案のような不適切な未供出が恒常化すれば、過去の価格データから推計されるより高い価格水準が続く構造リスクがある。監視当局の動向と対象事業者リストの更新を定期的に追うことが、自社の調達コスト見通しの精度向上に直結する。
参考文献
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