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非化石証書は「誰の環境価値」か——トラッキングと表示ルールが決める使える/使えないの境界線

非化石証書は、電気そのものではなく電気から切り離された環境価値を売買する商品である。2018年5月の市場創設以来、対象電源の拡大(2020年度)、需要家の直接購入解禁(2021年)と制度が段階的に広がり、いま論点は「表示に使えるか」から「排出係数や排出量取引制度の数字に効くか」へ移りつつある。調達判断の巧拙は、証書の種類と属性情報、そして表示ルールの三点セットをどこまで正確に押さえているかで決まる。
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この記事でわかること

  • 非化石証書には「再エネ指定」と「指定なし」の2種類があり、環境表示に使えるのは再エネ指定のみという非対称なルールがある
  • 2021年に需要家自身による証書の直接購入が制度化され、小売メニューに含まれる環境価値の「見えないマージン」を需要家が市場価格で検証できるようになった
  • GX-ETSが2026年度から本格稼働する予定で、証書が需要家向けの「表示」の道具から排出量取引の「数字」に直結する制度インフラへと役割を広げつつある

トピックの定義:非化石価値取引市場とトラッキング

非化石価値取引市場とは、非化石電源(再エネ・原子力等)が生み出す「非化石価値」を電気と分離して証書化し、日本卸電力取引所(JEPX)で売買する市場である。トラッキングとは、その証書に発電所の所在地・電源種などの属性情報を紐づけ、需要家が「どの発電所由来の環境価値を使ったか」を証明できるようにする仕組みを指す。

制度の起点は、エネルギー供給構造高度化法である。小売電気事業者には非化石電源比率を高めることが求められるが、JEPXのスポット市場を経由した電気は環境価値が認識されない。そこで環境価値を証書として分離・取引可能にし、非化石電源に価格が確実に還流する構造をつくったのが本市場の設計思想である(開始済み)1

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市場創設と拡大の経緯:何が段階的に開かれたか

非化石価値取引市場は、2018年5月の初回オークションをもって稼働した(開始済み)。当初の取引スキームは、FIT電気に相当する非化石証書を費用負担調整機関(GIO)が売り手として供出し、買い入札は取引会員(小売電気事業者)のみが行う形で、価格決定はマルチプライスオークション方式が採用された。証書の売却収入はFIT賦課金の原資に充てられ、高度化法報告書の提出期限(7月末)に間に合うようオークション日程が組まれた。あわせて業務規程には、相場の風説の流布など不公正取引に関する規定も新設されている2

次の転機が2020年度からの非FIT電源への対象拡大である(開始済み)。これにより、証書は「再エネ指定」と「指定なし」の2種類に整理された。両者ともゼロエミ価値(0 kg-CO2/kWh)を有するが、環境表示が可能なのは再エネ指定のみであり、指定なしは表示に使えない3。この非対称性は、CO2削減目的(排出係数の改善)と再エネ調達目的(RE100等の訴求)で、必要な証書が異なることを意味する。実務上、両者を混同した調達は目的未達を招くため、最初に切り分けるべき論点である。

そして2021年、需要家自身による直接購入が制度化された(決定済み・実施)。JEPXの業務規程変更により「非化石価値取引会員」の枠組みが新設され、それまで小売電気事業者のみだった市場参加者に需要家が加わった。同規程では、入会金10万円、年会費の納入、3年間取引を利用しない場合の当然脱退などの会員実務が定められている4。(2026-08-10時点で、その後の取引実績を確認できる後続資料は本調査範囲では見当たらない。)

「属性」が価値を決める:表示ルールという実質的トラッキング

トラッキングという言葉は一般に発電所情報の付与を指すが、審議会の議論で制度として明文化されてきたのは、属性をどう表示に使ってよいかというルールである。

2018年の小売営業指針改定では、電気に付随する価値が環境価値・産地価値・特定電源価値の3つに整理され、このうち電気と切り離して取引できるのは環境価値のみと位置づけられた。同時に、二重計上の禁止と虚偽表示の禁止という現行ガイドラインの原則を維持することが確認されている5(開始済み)。「産地」「特定電源」を訴求したい需要家にとって、証書だけではその価値は移転しない——この一点が、コーポレートPPAと証書調達を分ける本質的な境界である。

2020年の指針改定では、表示の可否がさらに具体化された(開始済み)。再エネ指定証書を用いる場合、FIT電気については一定要件を満たせば「再エネ」と表示でき、JEPX調達分や化石電源等については電源構成の表示を前提に「実質再エネ」としての表示が認められる。他方、証書を使用していないにもかかわらず「再エネ」「CO2ゼロエミッション」の印象を与える表示は、需要家の誤認を招く問題行為とされた。加えて、電源構成の開示に非化石証書の使用状況の開示を望ましい行為として追加する整理も行われている1

つまり、日本の制度では「トラッキング付きかどうか」は単独で完結する技術論ではなく、証書の種類(再エネ指定か否か)×属性情報×表示ルールの組み合わせで需要家の使い勝手が決まる構造になっていると考えられる。国際的にも再エネ証書は1999年に米国で始まりScope2削減に活用されてきた経緯があり6、国内制度が国際イニシアティブの要求水準と整合するかは、属性情報の粒度に依存する。

なお、表示ルールそのものの読みやすさ改善も継続論点である。2023年12月の制度設計専門会合では、小売電気事業者の表示に不適切な事例が確認されたことを踏まえ、電源構成等情報に関する整理表の追加、問題となる行為と望ましい行為の分離記載などの改訂方針が示されたが、スケジュールは未確定とされた7(提案・審議中。2026-08-10時点で改訂完了を確認できる後続資料は本調査範囲では見当たらない)。

証書コストは「見えているのか」——内外無差別監視から浮かんだ論点

需要家・新電力にとって切実なのは、証書コストの透明性である。2025年6月の内外無差別な卸売の評価では、旧一般電気事業者グループにおける非化石証書の内部取引に係るコスト認識が確認され、各社の対応が分かれていることが明らかになった(開始済みの監視)。北海道は市場の約定価格連動でコストを認識、東北は社外小売との相対取引価格の年平均値で認識する一方、東京電力HD/RPはグランドファザリングの制度に則り電気の価格と区分せずグループ内に販売、中部電力HDも既存の長期契約で電気と非化石価値をセットで受け渡すため単独ではコスト認識していないと整理されている8

この事実は、需要家から見ると重要な含意を持つ。小売メニューに組み込まれた環境価値の価格は、必ずしも市場価格として分解可能ではないということである。したがって「メニュー経由での実質再エネ調達」と「自ら市場で証書を購入する調達」は、単に手間の違いではなく、価格の可視性・交渉可能性そのものが異なる選択肢であると考えられる。

次の焦点:排出係数とGX-ETSへの接続、そして二重計上

証書の意味は、需要家向けの「表示」から、制度上の「数字」へと拡張しつつある。

第一に、温対法SHK制度の電気事業者別排出係数である。検討会では、非化石証書やグリーン電力証書等の取引を反映した新たな基礎排出係数(非化石電源調整済)の設計が議論され、環境価値の齟齬解消が目的として挙げられている9(提案・審議中)。証書が排出係数の算定にどう織り込まれるかは、需要家のScope2算定値に直結する。

第二に、排出量取引制度である。GX-ETSは2026年度からの本格稼働が予定されており10、GXリーグには日本のCO2排出量の5割超を占める700社以上が参画し、2030年度目標と2025年度中間目標の設定・排出量取引が枠組みの中核とされている11。(2026-08-10時点で、本格稼働の実施を確認できる後続資料は本調査範囲では見当たらず、開始済みの可能性がある。)電力由来の間接排出をどう扱うかによって、証書の価値評価は変わりうる。

第三に、隣接領域の並走である。ガス分野では、ガス事業者別排出係数において合成メタン等の環境価値を託送制度経由で分配する枠組みが検討され、正確性確保のため証書のような形式を用いた取引の整備が望ましいと整理されている12(継続検討中)。実装面でも、大阪・関西万博でクリーンガス証書の移転がデジタルプラットフォーム上で実施され、属性データの可視化と証書残高・使用履歴の管理が行われた13(開始済み)。電力の非化石証書で先行した「価値の分離と移転」の設計思想が、ガス・熱にも波及していると評価できる。

これらが同時に進むほど、2018年に確認された二重計上の禁止という原則5の運用が難所になる。同一の環境価値が、小売メニューの表示、排出係数の調整、排出量取引の数字という複数の場面で使われうるためであり、属性情報の粒度と管理の厳格さが今後の実務論点になると考えられる。

ステータス整理

事項内容ステータス
非化石価値取引市場の創設2018年5月初回オークション、マルチプライス方式、売り手はGIO2開始済み
非FIT電源への対象拡大・証書2区分再エネ指定は環境表示可、指定なしは表示不可3開始済み
表示ルール(再エネ/実質再エネ/訴求不可)証書未使用での再エネ訴求は問題行為1開始済み
需要家の直接購入非化石価値取引会員規程を新設、入会金10万円等4決定済み・実施(後続確認なし)
小売GLの表示整理(整理表追加等)スケジュール未確定7提案・審議中
基礎排出係数(非化石電源調整済)証書取引を反映した係数設計9提案・審議中
GX-ETS本格稼働2026年度から10予定(2026-08-10時点で後続資料での確認なし、開始済みの可能性あり)
Key Points·読者別ポイント

需要家企業の脱炭素・エネルギー調達担当者へ

現状認識として押さえるべきは、証書には「表示に使えるもの」と「使えないもの」があり、その区別は再エネ指定か否かという発行区分に由来するという点である3。さらに、証書で移転するのは環境価値だけで、産地価値・特定電源価値は移転しない5

これが重要なのは、社内で「再エネ100%達成」と報告する際の根拠が、証書の枚数ではなく属性と表示要件の充足にかかっているからである。RE100やSBT等の外部要件を満たす目的なのか、Scope2の数値を下げる目的なのか、あるいは地域貢献・特定電源との紐づけを訴求したいのかによって、必要な手段は証書調達/実質再エネメニュー/コーポレートPPAに分岐する。

そのうえで問うべきは、「なぜ自社は直接購入という選択肢を持つのか」である。2021年の直接購入解禁は、単に調達チャネルが増えたという話ではなく、環境価値の価格を自ら見に行けるようになったことを意味する4。実際、小売側では証書コストを電気とセットで扱い単独では認識していない事例も確認されている8。メニュー価格に含まれる環境価値相当額が分解できないなら、直接購入との比較見積りを取ること自体が交渉材料になる。加えて、排出係数やGX-ETSとの接続が具体化する局面910では、長期の証書調達契約が将来の制度上の扱いに耐えるか(属性情報の保存、二重計上防止の証跡)を契約条項で確認しておく価値が高いと考えられる。

小売電気事業者の商品企画・コンプライアンス担当者へ

表示ルールは、需要家保護の観点から「証書を使わずに再エネ・ゼロエミの印象を与える表示」を明確に問題行為と位置づけている1。さらに、電源構成に加えて非化石証書の使用状況の開示が望ましい行為とされ、供給する電気の属性を特定して表示した場合に実態が伴わなければ誤認惹起となる整理も示されている5

これが効いてくるのは、需要家自身が証書を直接購入できるようになった環境下である。需要家が市場価格を把握できる以上、メニューの環境価値部分は「見えないマージン」として維持しにくくなる。したがって商品設計の焦点は、証書の上乗せ幅そのものより、属性の質(トラッキング情報の有無・粒度)と表示の適法性を担保したパッケージをどう提供するかに移っていくと考えられる。

同時に、表示ルールの改訂方針が示されながらスケジュールが未確定である点7は、実務上のリスクでもある。整理表の追加や記載構成の変更は、既存の販促資料・Web表示の一括点検を要する可能性がある。改訂が確定してから動くのではなく、現行の「問題となる行為/望ましい行為」の切り分けを自社の表示に当てはめた棚卸しを先行させておくことが、改訂時の対応コストを抑える現実的な備えになる。

参考文献

  1. 5.
    日本卸電力取引所の業務規程の変更認可について
    電力・ガス取引監視等委員会2021/03/26PDF
  2. 8.
    卸電力取引所の業務規程変更認可申請について
    電力・ガス取引監視等委員会1900/01/01PDF
  3. 10.
    小売電気事業・ガス小売事業に係る対応について
    電力・ガス取引監視等委員会2023/12/26PDF

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