調整力市場の「時間」は細分化された、では「空間」は──2026年の現在地
この記事でわかること
- 需給調整市場は2026年3月に時間軸の細分化(前日化・30分化)を完了したが、空間軸(広域化)は商品によって進度が大きく異なり、二次①の広域調達は2027年度開始が目標にとどまる
- 市場外調整力(自然体余力)の控除が2025年6月から始まり、9エリア全てで平均数百MW規模の余力が確認され、需給調整市場の募集量を圧縮する方向に働いている
- 2035年度までの調整力必要量は全国で2025年度比113〜123%に増加する見通しだが、設備量の増加が並走するため「余裕があるとは言えない」状態が続く
1. 時間軸の細分化は完了した──そして単価は下がった
需給調整市場は2021年度の三次②から順次立ち上がり、2024年度に全商品が運開して調整力公募が廃止された(開始済み)1。しかし全面運開後、全商品で応札不足が発生し2、一次調整力では応札量が募集量の20%未満、不足率80%という状況も報告された3。
その主因として審議会が特定したのが、商品要件そのものではなく取引の「時間の粗さ」だった。取引単位3時間ブロック・週間取引という設計が、コマごとの供出可能量しか確約できないリソースの応札を阻んでいたという整理である4。
この仮説は三次②で先行検証された。2025年3月14日から三次②の取引単位が3時間ブロックから30分に変更され(開始済み)、その後の実績では募集量が全国計で約1,717MW/日(約25%)減少する一方、応札量は約7,047MW/日(約52%)増加した5。募集量が減ったのはコマ単位で必要量を募集できるようになったため、応札量が増えたのはコマ毎の供出可能量に基づく応札が可能になったためと分析されている。落札価格は大きく上昇せず推移した6。
この成功体験を全商品に横展開したのが2026年3月14日受渡分からの措置である。一次〜三次①の複合市場商品についてもブロック時間が3時間から30分に見直され、取引タイミングが週間から前日に変更された(開始済み)7。必要量算定手法も、30分化に伴うデータ数減少と歯抜け約定リスクへの対応として「組み合わせによる算定」が採用され、これにより年間必要量は一次で全国計▲1.5%、二次①で▲2.7%と、従来のブロック単位算定より減少する試算となっている7。
移行後の実績は冒頭のとおりで、複合市場の平均約定単価は主要エリアで半減水準となり、事務局は「安値札の応札量が増加し、平均約定単価が低下した」と分析している。調達率は改善傾向にあるものの、一次調整力の調達未達は依然として残る8。2026年6月10日〜30日に全取引会員136社を対象に実施された実態調査(回答51社)でも、応札量の増加要因は入札単位時間の30分化、減少要因はスポット市場後の取引と整理され、応札不足が2026年度も課題として残っていることが確認されている9。
ここから読み取るべきは、制度改正の便益配分の転換である。時間細分化は「応札できなかったリソースが応札できるようになる」という参入促進策として設計されたが、必要量・募集量の圧縮効果と応札量の増加効果が同時に効くため、結果としてΔkW単価の下押し圧力として現れる。既存の応札者にとっては量的機会の拡大と単価低下のトレードオフであり、新規参入者にとっては参入障壁の低下と収益期待値の低下が同時に起きたと考えられる。
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2. 空間軸の広域化は、商品ごとに進度が違う
広域調達・広域運用の進捗は商品ごとに大きく異なる。2026年8月時点の整理は以下のとおりである。
- 三次②・二次②:広域運用が実施済み。広域需給調整システム(KJC)上で運用されている(開始済み)10
- 一次・三次①:2024年度から広域調達が開始(開始済み)11
- 二次①:KJCをプラットフォームとする広域LFCとして、2025年10月20〜28日に東京・東北エリア、2026年4月13〜23日に中部・北陸・関西・中国・四国・九州エリアで試験運用を実施する計画。安定運用が確認されれば正式運用に移行し、東地域は2026年度上期、中西地域も2026年度上期の広域運用開始が予定されていた(2026-08-10時点で後続資料での確認なし、開始済みの可能性あり)10
- 二次①の広域「調達」:2027年度開始を目指し、2026年度下期を実績評価期間と位置づけ(決定済み・未施行)10
つまり、5商品のうち最後まで残った二次①の広域化が、いま実務レベルで進行中の局面にある。二次①の広域調達開始(2027年度)を前提に、一次調整力のΔkWマージンについても、運用容量のフリンジとの二重確保を避ける観点から廃止の方向性が示されている11。
一方、広域調達の実効性を左右する地域間連系線の確保量には不確実性が残る。連系線確保量は、広域調達によるコスト削減額と市場分断による卸電力市場の調達費用増加額を比較し、社会コストが最小となる水準に設定される12。従来は時間前市場向けに残す容量(α)と、スポット市場向けに残す容量(β)の二段構えだったが、全商品前日取引化に伴い2026年度以降はαのみの設定となる12。ただし2026年度に適用する確保量の具体値は、前日取引化後の実績を蓄積してから算出し専門会合に報告するとされており(継続検討中)、2026年8月10日時点で後続資料での確認はできていない12。
なお、新設の周波数変換設備(新FC、2027年度末運開予定)を一次・二次①の広域運用に活用する案については、現状活用案ではコスト回収に平均4.7年を要しB/Cが1.0を下回る可能性が高いとして、現段階での実施は見送られている13。広域化は「連系線があれば進む」ものではなく、費用便益で線引きされている点は押さえておきたい。
3. 市場の外側に残るもの──募集量は市場の外で決まる
投資判断上、最も見落とされやすいのが「需給調整市場の募集量は、市場外の調達手段によって差し引かれた残り」という構造である。
第一に、市場外調整力(自然体余力)の控除が2025年6月から開始されている(開始済み)14。2024年度実績の調査では9エリア全てで一定の自然体余力が確認され、たとえば東北で平均936MW(H3需要比7.0%)、東京で平均1,491MW(同2.8%)といった規模が示された4。控除開始後、2025年6月の約定量は関西・中国を除く7エリアで減少している15。
第二に、揚水等の随意契約である。2025年度には中部・東北・関西・北海道・東京の5エリアで揚水随契が承認され、2026年度以降も調整コスト抑制のため市場外調達手段(余力活用電源・揚水等随意契約)の併用が必要と整理されている16。中部エリアの2026年度調達ポートフォリオは市場:揚水随契:余力=40:40:20と明示され、調達単価は2.2〜3.2円/ΔkW・h程度と試算されている17。同社の2025年度実績では需給調整市場からの調達単価が6.21円/kW・hであったのに対し揚水随契は0.67円とされており、市場外調達の単価優位が調達ポートフォリオ選択の根拠となっている17。
第三に、応札不足への「制度的措置(供出義務化)」は依然として継続検討中である。審議会は、まず誘導的措置(30分化、前日取引化、起動費の事後精算、ペナルティ緩和等)を実施し、その効果を確認したうえで制度的措置を検討する順序を確認している18。将来シナリオを楽観・中間・悲観の3通りで想定し、シナリオに応じて制度的措置の強度を見直す整理も示されている19。2026年度の実態調査でも応札不足が課題として残ると報告されており9、この論点が完全に消えたわけではない。
4. 中長期の需要見通し──必要量は増えるが、余裕はない
2026年6月の報告では、2035年度までの調整力必要量が全国で2025年度比113〜123%(2029年度で106〜111%)に増加する見通しが示された。エリア差は大きく、北陸162〜167%、東北147〜157%と増加率が高い20。充足確認の結果は2029年度・2035年度ともに全エリアで「可」だが、これは広域運用を考慮した場合の結論であり、東北や九州ではエリア単独で確保できない場面が確認されている。また、設備量も増加するものの必要量の増加が並走するため「余裕があるとは言えない」、2035年度は設備量の余裕が小さくなる傾向にあると明記されている20。
この一文は、広域調達の政策的意味を端的に示している。広域化はコスト削減策として語られてきたが、中長期にはエリア単独では成立しない安定供給を成立させるための必須条件になりつつあると考えられる。
5. 今後の注目点(ステータス整理)
| 事項 | 内容 | ステータス |
|---|---|---|
| 全商品前日取引化・30分化 | 2026年3月14日受渡分から適用 | 開始済み78 |
| 自然体余力の控除 | 2025年6月から開始 | 開始済み14 |
| 二次①の広域運用(広域LFC) | 東地域・中西地域とも2026年度上期開始予定 | 決定済み(2026-08-10時点で後続資料での確認なし、開始済みの可能性あり)10 |
| 二次①の広域調達 | 2027年度開始目標、2026年度下期に実績評価 | 決定済み・未施行10 |
| 2026年度の連系線確保量(α) | 前日取引化後の実績蓄積後に算出・報告 | 継続検討中12 |
| 一次ΔkWマージンの廃止 | 二重確保解消の方向性を提示 | 提案・審議中11 |
| 供出義務化等の制度的措置 | 誘導的措置の効果確認後に判断 | 継続検討中1819 |
| 市場の一本化・自動エントリー | 複合市場と三次②市場の応札偏り対策、2027年度以降を視野 | 提案・審議中2118 |
調整力提供事業者(火力・揚水・蓄電池・DRアグリゲーター)へ
現状認識として押さえるべきは、2026年3月の前日取引化・30分化によって、応札の技術的障壁(週間断面での需給変動リスク、3時間ブロックへの供出可能量の切り下げ)はかなりの程度取り除かれた、という事実である。実態調査でも応札量の増加要因は30分化と整理されている9。
なぜこれが重要かというと、「応札できない理由」の説明力が制度側から自社側に移ったからである。障壁が制度に起因する限り、応札を見送っても制度改善を待つという選択が合理的だった。しかし誘導的措置が出揃った後も応札不足が続く場合、審議会は制度的措置(供出義務化)の検討フェーズに進む設計になっている18。応札を見送る判断は、将来的に義務として要求されるリスクと、その際に価格規律緩和や損失回避の手当が十分でない可能性を織り込んで行うべきである。
どう考えるべきか。第一に、単価前提の再設定である。複合市場の約定単価が主要エリアで2円/kW30分前後まで低下した局面8を、移行直後の一時的現象と見るか構造変化と見るかで応札戦略は変わる。三次②の30分化後も落札価格が大きく上昇せず推移した先例6を踏まえれば、単価回復を前提とした計画は慎重に扱うべきと考えられる。第二に、商品ポートフォリオの再検討である。一次調整力は多くのエリアで未達が継続しており8、相対的に希少性が残る領域といえる。二次①は2027年度の広域調達開始により競争範囲が拡大する見込みであり10、エリア内の希少性に依拠した価格戦略の有効期限は明確に区切られている。
系統用蓄電池・併設蓄電池の投資判断担当者へ
現状認識として、需給調整市場のΔkW収入を収益計画の柱に据える前提は、二重の意味で弱まっている。ひとつは前述の単価低下。もうひとつは募集量そのものの縮小である。必要量算定は組み合わせ算定の採用で全国計▲1.5〜2.7%7、三次②の30分化で募集量▲25%5、さらに自然体余力の控除14と、必要量から市場募集量に至る各段階で控除が積み重なる構造になっている。
なぜこれが重要かというと、中部エリアが示した「市場:揚水随契:余力=40:40:20」というポートフォリオ17が、市場の外側に事実上の競合が存在することを可視化したからである。同社は他事業者からの同様の申し出にも誠実に協議する意向を示し、基本要件として一次調整力を含む複合リソースであること、RC単価以下で拠出できる見込みがあることを挙げている17。これは、蓄電池が市場応札という単一チャネルだけでなく、一般送配電事業者との随意契約という別のチャネルを検討し得ることも意味する。
どう考えるべきか。第一に、収益源を需給調整市場ΔkWに一本化せず、卸市場・容量市場・随意契約を含めたマルチレベニューで評価すること。実態調査でも、需給調整市場以外での活用状況や容量市場への応札状況が調査項目に含まれている9。第二に、中長期の必要量増加(2035年度に全国113〜123%、北陸162〜167%、東北147〜157%)というエリア別の伸び20を立地判断に反映させること。ただし広域調達の進展は、エリア固有の希少性プレミアムを平準化する方向に働く。必要量が伸びるエリアに置けば高値が取れる、という単純な図式は、広域調達が完成に近づくほど成立しにくくなる点は、投資期間20年級の判断において決定的に重要な論点であると考えられる。
参考文献
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